1972年、PCクラブの前身であるコンピュータクラブが発足しました。その当時は、Olivetti(オリベッティ)の「PROGRAMMA 101」というプログラムが可能な卓上電子計算機が2台あり、それを使った簡単な計算のプログラムを学んでいたようです。
1985年からはポケットコンピュータやパソコンが数台ずつ使えるようになり、その基本操作を学びながら、パソコンで音楽やグラフィックスの作品づくりに取り組むようになりました。
1996年に新校舎の建設が行われ、その中に念願のコンピュータ教室もつくられました。一気に40台以上の最新型のパソコンが入って、それまでは旧式のパソコンで細々と活動してきたコンピュータクラブも脚光を浴びることとなり、毎年40名前後のクラブ員が所属し、パソコンを通して、個人であるいはグループでさまざまな作品を制作しました。
2002年4月、活動の幅や質を高めるため、より長時間の活動が可能な部活動へと発展させ、名称も「パソコン部」と改めました。パソコンを自己表現の道具として使いこなし、何か創造的なものをつくり出すことを目標に活動し、WEB作品やオリジナルゲームの制作に取り組み、学園祭で多くの作品を発表してきました。
2007年学園祭
2010年10月、各種の放課後活動のために、いわゆる「クラブの時間」以外に部活に来られる生徒が少数となる状況が進行し、部からクラブへと活動形態を戻すことになりました。名称も「PCクラブ」として、クラブの時間を中心とした活動に切り替えました。活動時間は限定されますが、「パソコンを通して何か創造的なものをつくり出す」という目標はそのままに、引き続きオリジナルゲームの制作等の活動に取り組んでいます。
ここ数年間は、アドベンチャーゲームやロールプレイングゲームのつくり方を学びながら、学園祭向けの作品を制作してきました。学園祭で発表したオリジナルゲームは、2011年が6本、2012年が7本、2013年も7本と、この3年間で計20本になりました。
1本のゲームを制作するのに、少なくとも数十時間掛かります。アドベンチャーゲームの場合、シナリオを書き、背景画像や登場人物などのキャラクタを描き、BGMや効果音を用意し、それらの素材を組み合わせてゲームにしていくためのスクリプトやプログラムを作成します。ゲームとして動かせるようになったら、意図どおりの動きになるように、テストプレイと修正作業を繰り返し、完成させていきます。学園での活動時間は限られていますから、多くの作業は自宅のパソコンですることになります。「パソコンで遊んでばかりいないで、早く寝なさい!」と親から叱られたクラブ員も多かったのではないかと思います。そうした苦労を重ねて完成させた作品を学園祭で発表して来ました。
現在のクラブ員
現在は、HSPというプログラミング言語を用いて、並び替えのアルゴリズムについて考えています。その応用として、トランプのカードをシャッフルするプログラムを作りました。昨日(1月14日)のクラブの時間には、シャッフルしたカードを画面上に並べ、マウスでクリックするとカードが開くプログラムを作り、それをもとにパソコン上で神経衰弱をするにはどうしたらいいかを考えたりしました。定期試験後には、実際に神経衰弱のプログラムに挑戦する予定です。
PCクラブって? ~PCクラブ活動紹介~
文責 :PCクラブ顧問 松山福太郎