長く西遠の教壇に立たれ、
たくさんの卒業生を教え導いてくださった社会科の山口厚先生が、
去る6月4日に亡くなられました。
82歳でした。
山口先生は、社会科の中でも「世界史」「倫理社会」を主に担当され、
博識で理論派でありながら、情熱的でぐいぐい引っ張る授業をなさいました。
中でも、世界地図をフリーハンドですらすらと黒板に書かれ、
四大文明や世界情勢を説明される姿は、
多くの卒業生の目に焼き付いていることと思います。
また、学園では教頭を務められるなど、数々の重責を担われました。
西遠に関して知らないことはなく、
まるで学園の生き字引のように、何でも資料を提示し、答えを教えてくださる、
そんな安心感が私たち教員にはありました。
そして、忘れられないのが、「新美博義とザ・セブンスターズ」での名ピアニストぶりです。
独学で覚えたというピアノ伴奏はとてもクールで、
「鈴懸の径」「太陽にほえろのテーマ」などなど、
名曲の数々を演奏されていた姿もまた忘れられません。
私は、高校2年の時、世界史と倫理社会を教わりました。
先生の迫力あふれる授業に圧倒された記憶があります。
ご自分の大学受験期に名画「風と共に去りぬ」を見たんだ、とお話しされ、
「風と共に去りぬ」は歴史の事実ではないが、真実を伝えている、と教わりました。
また、「三銃士」が好きだった私は、
山口先生から、三銃士が実は「ダルタニアン物語」全11巻のさわりの部分に過ぎないことを教わり、
どうしても読みたくなって、高2の3月にラジオ講座を聞きながら、ちゃっかり読書に励んでいたという過去があります。
1か月弱で11巻読破しましたが、引き換えに右目の視力をグンと低下させました…。
のちに母校の教壇に立つようになった私に、
「大庭さんは『ダルタニアン物語』を読んでくれた数少ない卒業生だ。僕の後継者ですよ」
とおっしゃってくださったことが、無性に嬉しかったです。
(今、口調を思い出しました、「ぼく」を頭打ちのアクセントではなく、「く」を上げて話されてましたね。)
数日前のブログにも書きましたが、
教育実習では山口先生のクラスに配属され、たくさんの教えを受けました。
足のはやい先生について歩くのがやっとだった2週間でした。
先生は、教員の出発点から私を見守ってくださったのです。
昨年の学園祭にもお元気なお姿を見せてくださり、
絶対にまたお会いできると思っておりましたのに、
突然の訃報に接し、信じがたい思いです。
校長として直接ご挨拶もできないままのお別れになり、
本当にさびしいです。
山口厚先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。