昨日6月23日は「沖縄慰霊の日」でした。1945年6月23日、沖縄での日本軍の組織的な戦闘が終わりました。たくさんの民間人の方々がこの戦闘の犠牲になりました。
今年はコロナの影響で慰霊の式典はどうなるのだろう、と思っていましたが、ニュースで高校生が詩を朗読する姿が映し出され、式典が今年も開催されたことを確認しました。しかし、会場の客席には人はまばらでした。入場制限をし、限られた人数で開催されたのですね。毎年参列していたが、今年は家でテレビ中継を見ているというご老人も紹介されました。コロナウイルスの影響があるとはいえ、慰霊の思いを胸に抱きながらも参列できないもどかしさを訴えておられるその男性の嘆きが、心に響きました。「東京に出てきたら、沖縄慰霊の日を知らない人が多くて驚いた」という沖縄出身の方の言葉も、記事で読み、胸が痛かったです。
20日に本校で行われた殉難学徒慰霊式では、中学3年生の代表が岩波ジュニア新書「ひめゆりの沖縄戦」を読んでの感想を「平和の作文」としてまとめ、講堂で朗読しました。また、中3以上の皆さんは記憶していることでしょう、2018年の「演劇教室」は、劇団トマト座の皆さんによる「ひめゆり ―美ら海からの伝言―」 でした。
沖縄の戦争の歴史を知る機会が、西遠にはたくさんあるのです。 沖縄の痛みを、どこか遠くの話と考えるのではなく、私たちも我がこととして意識しなくてはならないと思います。
昨日の沖縄での慰霊式典で詩を朗読したのは、高校3年生の女生徒さんでした。「あなたがあの時」と題されたその詩は、戦争のつらい体験を語り継いでくださった人生の先輩たちに対する敬意の念と、そのバトンを受け取った本人の強い決意を感じさせるものでした。テレビのニュースではほんの数行分しか映されませんでしたが、凛とした姿で前を見つめ、暗唱した詩を力強く発表する姿に感銘を受けました。沖縄の若い世代の真っすぐな眼差しには、平和への熱い使命感を感じました。詩「あなたがあの時」の全文を、こちらからぜひご覧ください。
また、沖縄戦がいかに壮絶なものであったか、私は琉球新報の新聞記事を読んで、先を読むのが本当に辛くなりました。《家族10人失った8歳に日本兵が銃を…「神様、助けて」 一人で生きた沖縄戦体験を初証言 金城節子さん(83)》(琉球新報) この中で、金城さんは「戦争は人の心を鬼にする」 と振り返っていらっしゃいます。たった8歳の女の子がそう感じざるを得なかった地獄のような状況が、75年前沖縄には確かにあったのです。そして、長いこと、金城さんはそんな体験を話せなかった。しかし、いま語らなければ…という切実な思いから、つらい体験を語る決意をされたのでした。
100周年記念グラウンドには、熱中症に注意しながらも楽しげに体育の授業を受ける生徒たちの平和な姿がありました。 沖縄戦が終わって75年。心に深い傷を抱えながら、沖縄の人々は平和の礎に祈りを捧げています。本土復帰前の沖縄を、小百合葉子さんをはじめ劇団たんぽぽの皆さんが訪れ、各地で公演したことも生徒の皆さんには伝えましたね。沖縄の人々は、たんぽぽの演劇にどれだけ勇気づけられたでしょう。小百合葉子さんが急逝された時、劇団の皆さんは沖縄公演の真っ最中だったそうです。昨日の劇団訪問の際、代表の上保さんから「小百合さんが亡くなったと聞いて、沖縄の皆さんは、公演の途中でも浜松に帰ってくださいと送り出してくださったのです」とお聞きしました。沖縄の方々のたんぽぽや小百合さんへの思いが詰まったエピソードを伺うことができました。
西遠の平和教育は、過去を知るところから始まっています。沖縄の過去を、私たちも知りましょう。そして、そこから、今を考え、未来を拓いていきましょう。