600ページにもわたる厚い本を今日読み終わりました。 「絵本作家赤羽末吉 スーホの草原にかける虹」(赤羽茂乃著 福音館書店)です。
皆さん、この本の絵に見覚えはありませんか? 黄金色の草原を駆ける一頭の白馬…小学生時代に国語の本で習った「スーホの白い馬」のワンシーンです。この本は、「スーホの白い馬」の絵を描いた赤羽末吉(あかばすえきち)さんの生涯を、彼の三男の妻である赤羽茂乃さんが書き上げた一冊です。600ページにもわたるこの長編作品を、赤羽茂乃さんご本人からお贈りいただき、感謝の念を抱きながら、大事に大事に読み進めました。
赤羽末吉さんは1910年の生まれ。幼少期からご苦労を重ね、その前半生は波乱万丈と言ってよいものでした。養子に出された先でうまく行かず、大陸・満州にわたって、ご結婚。終戦直後にはご家族で日本に戻るまでに艱難辛苦(かんなんしんく)の日々を過ごし、ようやくたどり着いた東京で次々にお子さんを亡くしました。悲しみを抱えながら、子どもたちの死を無駄にすまい、なんとしてでも平和を守っていくために自身に何ができるか…と考えた末吉さんは、満州での絵本作りの体験を生かして、子どもたちの心を豊かに育てたいと、絵本作家への道を歩み始めたのでした。戦後東京で生まれた二人の息子さんと、ご長男、奥様とそのお母様との生活を支えるためにアメリカ大使館に勤めながら、スケッチの旅を続ける日々を重ね、ついに絵本作家デビューの日を迎えます。最初の絵本は「かさじぞう」。50歳の時でした。
私が初めて赤羽さんの絵に出会ったのは、小学2年生の国語の教科書に出ていた「スーホの白い馬」でした。赤い服のスーホが白い馬を抱くこの絵が、強烈な印象で私の中に刻まれました。ですが、絵を描いた方のお名前は知らないままでした。子供時代、「白いぼうし」の挿絵だったいわさきちひろさんや切り絵の滝平二郎さんなど、お名前ではなく絵そのものを覚えていて、大人になってから絵の作者の名前を知る、ということはよくあるのですが、まさに赤羽末吉さんのお名前を知ったのは、大人も大人、娘が成人してからという遅さでした。その間、何冊もの赤羽さんの本に出会い、読み聞かせていましたし、「だいくとおにろく」などその絵のダイナミックさに強い印象を受けていたのに、です。お恥ずかしい限りです。
雪国をスケッチし、雪の怖さを知っているからこそ描けたと言われる「かさじぞう」、満州時代、内モンゴルへの視察旅行でスケッチを重ね、たくさんの資料を危険を冒してでも日本に持ち帰ることができたからこそ実現した「スーホの白い馬」のモンゴルの光景やモンゴルの人々の衣装…。赤羽末吉さんの絵本には、赤羽さんご自身の人生が投影されていることを、今回この本で知ることができました。
また、この本には、末吉さんのユーモア溢れる優しいお人柄もたくさん書かれています。三男のお嫁さんから見た義理のお父様は、とても思いやりに満ちた方でした。家族の食卓で始まる末吉さんの落語調で江戸っ子気質の昔語り、食材のエピソードなどくすっと笑えるお食事のエピソード、茂乃さんに「おしげ」と呼びかける末吉さんの温かく思いやりに満ちた言葉、末吉さんとお孫さんとのちょっと不器用な光景など、著者の茂乃さんの素敵なお人柄ならではの文章が、ページを楽しく繰っていける力になりました。赤羽家の愛に満ちた歴史が、この本にはあります。お会いしたことがない方々なのに、とても親しみやすく、まるで一緒に食卓を囲んでいるように感じてしまうのは、きっと私だけではないでしょう。
赤羽茂乃さんが一番お好きな絵本「おへそがえる・ごん」は、赤羽末吉さん最後の絵本だそうです。今日「第六部 死」に書かれた「おへそがえる・ごん」の完成までの過程を読み、末吉さんが「鳥獣戯画」の現代版を作ろうとされていたのだと知り、その絵のタッチに改めて納得しました。蛙におへそがあるという発想も面白くて、手塚治虫さんも称賛されたことも本に書かれています。森繁久彌さんが登場したり、いわさきちひろさんやいぬいとみこさんの名前が出てきたり、そして最後に手塚治虫さんまで! 読んでいてワクワクすることがたくさんありました。
絵本は、子どもたちの心を豊かにはぐくむ大事な存在です。今回、こうして絵本作家の生涯をたどりながら、絵本一冊一冊には実物の重さ以上の、無限大の重みがある、と思いました。
「絵本作家赤羽末吉 スーホの草原にかける虹」(赤羽茂乃著 福音館書店) は、来週、西遠の図書館にも1冊入れていただきますので、ぜひ興味のある方、郷愁を感じた方は手にとってみてください。また、図書館のブラウジングコーナーには、赤羽末吉さんの本もたくさんあります。絵本ならすぐに手にとって読めそうですね。テストが終わったら、生徒の皆さん、ぜひ図書館へ。絵本コーナーで昔懐かしい絵本を手にとり、絵本作家の名前を知ることも素敵な体験です。
赤羽様、素晴らしい本をお送りくださいまして、本当にありがとうございました。