お正月には、親戚も集って、よもやま話。
思い出話にも花が咲きますよね。
今年のお正月の我が家では、
懐かしい一品が登場し、
話題の中心になりました。
それは・・・、
この百人一首です。
桐の箱に入って、セロテープで箱や札が修復されたこの「傷だらけの百人一首かるた」。
姪がこれを持って居間に登場した途端、
「わあ、懐かしい!」の声が。
そうです、私たち家族にとって思い出の一品だったのです。
私と妹、弟は、子どもの頃、
この箱のかるたを愛用しました。
幼馴染のR子さんにも、もしかしたら見覚えがある「かるた」かもしれません。
よく遊びました。
私が「雲隠れにし」が好きで、
R子さんは「ただ有明の」がお得意でした。
お互い「一枚札」だなんて言葉も知らないまま
いつも楽しく戦いました。
最初にセロテープが貼られた「いかに久しきものとかは知る」の字札は、
決していたずらで折り曲げたわけではありません。
かるた取りが白熱して、折れ曲がってしまったのでした。
しかし、それからは、「嘆きつつ」と読まれれば、
「セロテープ!」と応じ、この札にたくさんの手が群がりました!
百首をきっちり覚える前のことですから、
セロテープはかなりの目印になったものでした。
逆にセロテープのおかげで、その札をちゃんと覚えることができた私たちでした。
西遠に通うようになってからは、
私も妹も、新春のかるた会で勝つために、
この札をとり、練習に燃えたのでした。
だんだん「試合」が激しくなって、熱を帯び、
戦ううちに他の札も折れ曲がり、
セロテープで修復しなければ
かるた取りが続行できなくなるほどでした。
西遠時代のB子ちゃんとは、
冬休みに何度も我が家で一緒に練習したので、
このセロテープのエピソードは
きっと覚えているのではないかしら。
札のセロテープは試合の激しさを物語るものですが、
箱のセロテープは、
…きっと私が昔踏んづけたせいです。
ぼんやりと記憶にあるので、きっと私が犯人です…。
ごめんなさい!
でも、この桐の箱は、自ら傷つきながらも、
長い長い間、絵札と字札たち計200枚を守り続けてくれました。
今回、この桐の箱を、母がとりわけ懐かしがって、手に取りました。
そして、箱を裏返しました。
そこには、母の旧姓が墨書きされてありました。
母が嫁ぐ前に買い、嫁入り道具として持参した百人一首だったのです。
私たちが生まれる前のドラマも、この箱にはあったのですね。
そのことが分かったのも、このお正月の収穫でしょうか。
情けないほどの修復ぶりの箱と札のかるたですが、
そういうわけで我が家の国宝級の一品です。
皆さんのお宅にも、こうした思い出の品があり、
お正月に話題になったのではないでしょうか。
懐かしい一品
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