朝から浜松には、台風の近いことを思わせる強い風が吹いています。
岐阜県山県市で東海大会に出場している中学バレー部、
10時ですから、準決勝が始まったところですね。
浜松から、「勝て―!!」と念力を送っております。
皆様も応援お願いします!
明日は、学園を巣立って18年になる卒業生を母校に招いて過ごす同窓会の日。
第49回卒業生の学年同窓会です。
台風の進度が心配なところですが、
久しぶりに母校に集う皆さんのためにも、どうか無事開催させてほしい!と天に祈るばかりです。
49回生の皆さんは、
私が西遠に戻って教師生活を再開させたときの中学2年生でした。
1クラス、国語を教えに行っていましたっけ。
その後、高校2年・3年と授業を担当させてもらったクラスもあり、
懐かしの皆さんに明日会えるかと思うと、ワクワクします。
49回生が5年だった頃、現代文を担当していた星組には、
「HR展で3菫が校長賞をもらう!」と宣戦布告したこともありました(笑)。
星組の乙女たちは、
中3が何を言うかと鼻でせせら笑いつつも、
不器用に頑張る3菫を応援してくれる
優しい先輩達でありました。
そして、彼女たちは余裕で校長賞を獲得!!
「紫禁城の落日」のHR展はすごい迫力で、
教室に入ったとたん「負けた…」と思ったのを覚えています。
それでも、
5星の皆さんは、開会式直後に一番に3菫のHR展を見に来てくれて、
「先生、3年なのによく頑張ったじゃん!」と
嬉しい一言(しかし、上から目線だった!笑)を掛けてくれたのを覚えています。
そして、校長賞の次のPTA会長賞で、3菫の名前が告げられた時、
自分たちの校長賞の時より大きな歓声をあげ、拍手を送ってくれたのでした。
あの時、3菫は5星に育ててもらったんだなあと、しみじみ感じたものでした。
その3菫のメンバーの一人だったSさんから、昨日エアメールが届きました。
アメリカのナッシュビルで旦那さまと2人のお子さんと暮らしているSさん。
海の向こうから校長ブログを読んでくれているとのこと。
懐かしいSさんの字に触れながら、当時を思い出しておりました。
Sさんは、自転車でアカウミガメを見に中田島まで走ったメンバーだったのよね。
英語が大好きで、夢をいっぱい語ってくれたSさんが、
今アメリカで、大好きな英語の中で元気に暮らしているのです。
夢をいっぱい叶えて、幸せなんだろうな…と心から嬉しく思います。
Sさん、また帰国したら西遠に遊びに来てくださいね。
長崎に原爆が落とされて69年。
祈念式典の中継が始まりました。
一昨年、66回生が平和祈念像の下で行った献鶴式を思い出します。
演劇部のメンバーが群読した原爆の詩が脳裏によみがえります。
平和の尊さをかみしめながら
11時2分に
黙とうをささげたいと思います。