西遠は本日「殉難学徒慰霊式」を行いました。1945年4月30日・5月19日の両日、勤労動員として軍需工場で働いていた西遠の生徒29名と引率教員1名が、工場への爆撃により尊い命を奪われました。その方々の慰霊と改めて平和を誓う大事な式典を、西遠では毎年5月に行っています。
戦後50年がたった時から、この式典は、学校から生徒会へと主催が移りました。毎年、高校生を中心とした生徒の手でこの慰霊式が企画運営されています。今年の中高生徒会執行部が、昨日放課後、式典の舞台を整えました。
「君見ずや明日は散りなむ花だにも力の限りひとときは咲く」ーー九条武子のこの短歌は、西遠生が講堂朝会の最後にいつも歌っている、歴史ある歌です。戦時中、動員学徒の皆さんは、ペンを持つ手をハンマーに変えた日々の中で、自身を鼓舞するように毎日この歌を朗々と歌っていました。今年の慰霊式の舞台には、生徒や先生方が一羽一羽折った白と金と赤の折り鶴が、この短歌の下の句となって飾られました。
また、慰霊式当日は、生徒が花を一輪持って登校します。その花が舞台を飾るのです。今朝は、登校した生徒が「愛の灯」像の献花台に花をささげ、それを中高生徒会の執行部が図書館下まで運んで、いくつものプランターに花を生けました。こうして、慰霊式の舞台がすべて整いました。
3時間目が高校、4時間目が中学と、慰霊式は中高に分かれて行われました。コロナウイルス感染拡大による休校により、一か月遅れて行われた2020年の慰霊式から、この形をとっています。客席の生徒も一つおきに座り、講堂客席後方の窓は開けて、歌も1番だけ歌うようにしています。しかし、平和を願う心を込めた式典を作り上げる心意気は、コロナ以前に勝るとも劣りません。今年は、ウクライナへのロシアの軍事侵攻という世界情勢の中で、生徒たちが今の世界に感じている危機感を様々な形で表現した式となりました。
生徒会長がいつも述べる「慰霊の言葉」は、今年「平和宣言」へと変わりました。西遠から平和のためにできることを発信したいという思いが込められた変化です。中高生徒会長の力強い決意の言葉は、世界情勢を憂う10代の心の叫びでもありました。
「平和の作文」を読んだ各学年の代表者もまた、ウクライナで起きている非道な事実を踏まえ、自分の思いを力強く訴えました。祖母の戦争体験を聞き、「戦争にいいことなんて一つもない」と述べた中学1年生、東京大空襲の悲惨さを本で知り大きな疑問を抱いた中学2年生、ひめゆりの沖縄戦を本でたどり、命どぅ宝と訴えた中学3年生。高校生もまた、ウクライナだけではない世界各地で起きている紛争にも目を向けなくてはいけないこと、ウクライナで起きていることが決して他人ごとではないこと、そして、平和のために何ができるかを考え行動していくべきことを、それぞれに訴えました。
私は、10日に亡くなった早乙女勝元さんのことをお話しました。そして、憎しみの言葉ではなく、愛のある言葉を使って、平和について発信していこうと呼びかけました。
今日は、静岡新聞、中日新聞、静岡朝日テレビ、静岡第一テレビの取材を受けました。静岡朝日テレビは今日の18時台で放送してくださいました。第一テレビでの放映は後日とのことです。明日の新聞には、慰霊式が紹介されることでしょう。
西遠では、この慰霊式を中心とした「平和教育」を、「豊かな人間性」を育てるためにも、「世界の中で生きる力」をつけるためにも、とても大事な柱だと考えています。今日の慰霊式がきっかけとなって、生徒たちがより深く平和の意義を考え、命の大切さを心に刻んで、明日からの生き方を考え、実践してくれたらと思います。
今朝、浜松駅で、西遠生に黄色い薔薇を託してくださった男性がいらっしゃいました。学園の外でも、こうして西遠の慰霊の日を共に大事に考えてくださる方がいらっしゃることを、私たちは嬉しく受け止めています。
戦争の愚かさ、命の尊さ。今こそ私たちは、緑なす平和の園 西遠から声を上げなくてはならないと思います。