先週末に「立春」を迎え、図書館入り口の「小さな白板(ホワイトボード)」も今週は春のうたの紹介からスタートしました。
2月6日(月)
立春のひびきに揺れて買ひにゆく牛乳の白きひかりその他を 荻原裕幸
今は牛乳パックが主流で、中の白は見えませんが、この短歌に出会ったとき、「牛乳の白きひかり」という表現に、牛乳びんに入った白く輝く牛乳を想像しました。 立春の日、春が来たという心の高揚感を持ちながら、作者は自転車に乗って買い物に出かけたのでしょうか。帰り道、自転車のかごでカタカタ揺れる牛乳びんが立春の陽光を受けて輝いているような、そんな絵画を心に描いています。
2月7日(火)
東風吹かばにほひおこせよ梅の花主なしとて春を忘るな 菅原道真
菅原道真のあまりにも有名な和歌です。「東風」(こち)は春に吹く東の風。都を追われた菅原道真が、今日の家に残してゆく梅の花に向かって「春の東風が吹いたら主の私がいなくても春を忘れず花を咲かせなさい」と歌ったと言われています。「春を忘るな」は「拾遺和歌集」に収められた表現。一方「大鏡」では、この短歌は「春な忘れそ」で結ばれています。
さて、そう呼びかけられた梅は、主を慕って、一夜にして都から主のいる九州・太宰府へと飛んで行ったと言われています。それが「飛梅」。太宰府天満宮の境内にあります。写真の後ろの樹木が「飛梅」ですね。モデルはおととし九州研修旅行で太宰府天満宮訪ねた現高校3年生たちです。
ちなみに、さだまさしさんの歌にも 「飛梅」はという歌があります。
♪心字池にかかる 三つの赤い橋は 一つ目が過去で 二つ目が~♪
太宰府を訪ねるたび、脳内でさださんの歌声が再生されるのは、きっと私だけではないはず…。
ちなみに(が続きますね)、この和歌の本歌取りともいえる和歌があります。鎌倉幕府の第三代将軍 源実朝の 「出でて去なば主なき宿となりぬとも軒端の梅よ春を忘るな」です。 こちらは実朝の「辞世の和歌」となってしまいました。あの雪の日の鶴岡八幡宮の石段…。
話がどんどん横道にそれていきますね。すみません。そろそろ、本線に戻りましょう。
2月8日(水)
感動は〈する〉もの勇気は〈持つ〉もので〈もらう〉ものではない筈なのに
玉木成男
朝日新聞の「朝日歌壇」(2023年1月22日)に掲載されていたこの短歌を読んで、背筋がピーンと伸びました。「感動をもらった」「勇気をもらった」と人はよく言います。私もよく「勇気をもらう」という言葉を使っていますね。併せて「感動を与えたい」「勇気を与えたい」と話す人々もたくさんいます。けれど、「感動」は自分が〈する〉ものであり、人から〈もらう〉ものではない筈だ、と作者は言います。勇気も自分が〈持つ〉ものであって、人から〈もらう〉ものではない、と。自分の心の動きを、自分を主体に発信せよ!――日曜の新聞紙面から、そう言われたように感じています。
2月9日(木)
人間は心がかならずあるはずだだからかならず傷もつくはず 猪羽康平
第2回短歌研究ジュニア賞の入選作品です。猪羽康平さんは中学2年生。人には心というものが必ずあるのだから傷も必ずつくものだ、と自分に何度も言い聞かせているのですね。思春期の孤独や悩みを持つ同世代の人になら分かるでしょう。それだけ、現実には傷ついていることが多いのです。傷ついているからこそ、この短歌が書ける。作者の優しい心と諦めない気持ちを感じる短歌です。
2月10日(金)
「ありがとう」のメタモルフォーゼに気づきたり
コマオ、コマッタ、コマッスムニダ
俵 万智
「メタモルフォーゼ」は、変身、変形の意味のドイツ語です。コマオ?駒男? コマッタ?困った? …コマッサムニダ! サムニダ‼ そうか、韓国語のありがとうの表現がこんなにあるんだ~! たった31文字をたどる間に、「?」が「!」になる瞬間があるんです。俵万智さんの短歌の世界、すごいですよね。軽やかで、たおやかで、素敵な世界です。
【お知らせ】 2/27(月)夜10時~NHK[プロフェッショナル 仕事の流儀」は「歌人・俵万智」の特集ですよ!
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昨日、南館の西側に咲いている水仙がたくさん折れたり倒れたりしていたので、花ばさみを持参して、倒れたところから一本一本水仙を切りました。20本ぐらいあったでしょうか。校長室の花瓶に挿したほか、事務室周辺にも飾ってもらいました。水仙のかぐわしい香りが満ちる本館です。