小さな白板2023 第45週

師走の慌ただしさの中で、世界情勢も緊迫しています。戦闘停止が開けたとたんに始まった大規模なイスラエル軍の攻撃。逃げ惑うパレスチナの人々に思いをはせる一週間でありました。

12月4日(月)
怪我の子を抱きて「神よ」とさけびつつ瓦礫のなかを走る父親
    篠原俊則

11月26日の朝日歌壇には、ガザ地区の人々を描いた短歌がたくさん掲載されていました。その中から一つ選んで白板に書きました。週明けはもっと明るい短歌を載せようと思ったのですが、12月1日の攻撃の再開が本当にショックで、市井の人々の歌う、こうした短歌を紹介せずにはいられませんでした。なぜ罪もない人々が家を焼かれ、土地を追われ、逃げ込んだ地域で再び命の危険にさらされなくてはならないのか、民間人の犠牲はやむを得ないと言い切れる人がいるのは何故なのか、歯がゆさや悔しさが心に押し寄せています。この短歌には、作者の気持ちは31文字の中には書かれていません。しかし、その写実的な短歌には、理不尽さへの怒りや憤りが満ちていました。

12月5日(火)
コアラさえ人の手借りて水を飲む命はきっと共存できる
    大竹明日香

乾燥した大地のオーストラリアでは、よく大規模な山火事が起きます。ユーカリの森に棲むコアラたちが生命の危機に瀕することもしばしばです。コアラが救出される映像を見たことがある人もいるのではないでしょうか。ニュースの中で、助け出されたコアラが人の手を借りて水を飲む様子に「助かってよかったね」と思わず声をかけたくなるようなこともしばしばありました。
作者もまたそういう場面に遭遇したからこそ、この一首を詠んだのだと思います。そしてそれは、コアラを歌いながらも、コアラと人、立場や人種や宗教を超えた「命の共存」への強い思いへと広がっています。私も「命の共存」はきっとできると信じます。
朝日歌壇2009年3月16日より。朝日歌壇ライブラリで出会った短歌です。

12月6日(水)
ひとすじの睡魔にひとり摑まりてねむりはいつも未知の乗りもの
    内山晶太

先週紹介した「にび色のうねりのなかにさむい日とねむい日とすごくねむい日とある」(宇都宮敦)に共感した生徒が少なくなかったので、「眠り」をテーマにした短歌を再び掲載。睡魔に摑まってしまった人の動きは、その体の揺れ方も首の位置も予測不可能です。それを「未知の乗りもの」と表現するなんて、素敵だなあと思いました。不覚にも睡魔に摑まってしまったら、未知の乗り物に乗ったんだと覚悟しましょうか。

12月7日(木)
長年にわたり数々の不正に苦しむパレスチナ人として、父が決して憎しみを持つな、と教えてくれたことは宝物です。憎しみと怒りは異なる物。怒りや悲しみは不正を正す肯定的な原動力にもなりうるのです。
 マリアム・タマリ

講堂朝会でも紹介したパリ在住のオペラ歌手マリアム・タマリさんの言葉を掲載しました。マリアムさんのお父様はパレスチナにルーツを持つ人です。お父様自身も、そしてその親族や友人も、たくさんの災難に遭い、亡くなった方もいる中で、お父様はマリアムさんに「憎しみを持つな」と教え続けました。その言葉を宝物として、マリアムさんは歌っています。彼女の「真の平和」実現への闘い方は、お父様の思いをしっかりと継承したものであるのです。昨日も紹介しましたが、マリアムさんのインタビュー内容については、こちらの記事《東洋経済オンライン「日本とパレスチナにルーツ持つオペラ歌手の本心 語られ尽くされていないパレスチナの悲劇」》をどうぞお読みください。

12月8日(金)
たづたづとこどもが弾けるバッハさへあるとき海のごとく深しも
    小池光

人を感動させるものは「演奏の巧拙」なのではありません。子どもの指づかいをドキドキしながら見入ってしまうような演奏の中にも、海のように深い何かを感じることがあるのです。ちょうど、この白板を書いた日、中ノ町げんき食堂で弦楽アンサンブルメンバーが演奏したのが、バッハの「G線上のアリア」でした。バッハを演奏する生徒たちの真剣なまなざしが、私にはとても優しく柔らかく美しいものに感じられました。

12月9日(土)
世界中女性がトップになるならば戦争なんてする国はない
    高梨守道

講堂朝会もある土曜日の白板に、さてどんな短歌を書こうかといろいろ考えました。この短歌は、11月26日の朝日歌壇にあったものです。
講堂朝会のスライドの中で、国連事務総長のグテーレスさんの言葉「私たちは今も、男性優位の文化の中で生きており、女性に対する平等な尊厳と権利を認めず、女性を脆弱な立場に置いています。その代償を払うのは、私たち全員です。社会はより平和でなくなり、経済はより繁栄せず、世界はより公正さを失っています。しかし、別の世界もあり得るのです。」を紹介することになったので、グテーレスさんの言う「別の世界」の一つの例としてこの短歌を載せてみました。
皆さんはどう思いますか? 「女性がトップになったなら戦争なんてする国はなくなる」でしょうか。 
男性がトップでも、女性がトップでも、戦争をする国がこの世からなくなることを心から望みながら、グテーレスさんが「あり得る」とおっしゃる「別の世界」について、私はずっと考えています。

☆  ☆  ☆

【週末のおまけ】12月9日(土)の西遠「紅葉状況」をご紹介します。