小さな白板2024 第16週

図書館入り口に掲げた「小さな白板」。ある夕方、白板を校長室へと持ち帰る時に、一人の新入生に「毎日、違う歌が書かれているのですか?」と驚かれました。そうなんです、毎日新しく書いてるから、見てくださいね! 次に書く短歌を考えるのが楽しみなオオバです。

4月15日(月)
あこがれは土星のかたちなどをして中也の帽子賢治の帽子
        太田千鶴子

中原中也の帽子、宮沢賢治の帽子。詩人たちのファンだったら、あ、あの写真だな、と思い浮かぶのではないでしょうか。あこがれは土星の形、というのも、帽子の大きさと対照的で、早逝した詩人たちへの敬愛の念を感じさせますね。

昨年1月に、鎌倉を訪ねました。「鎌倉殿の13人」の大河ドラマ館閉館前日のことです。午後の入館予約を取っていましたので、午前中のうちに、娘と二人、「鎌倉文学館」を訪ねました。大規模改修のためこの文学館が2023年4月から休館と知り、休館前に行きたい!という私の願いに娘を付き合わせたのでした。ここで、私は中原中也の帽子に出会いました。なんだろう、その圧倒的な存在感に、私は息をのみました。写真に残る、帽子をかぶった中也の姿は、高校時代から頭に入っています。その帽子が目の前にある!という現実が、衝撃的でした。中也は生きていたんだ、今ここに私は中也の一部と相対しているんだ!と思いました。帽子と出会えただけで、私はここに来てよかった!と心から思ったのでした。

【おまけ】この右上の写真、素敵な洋館が鎌倉文学館です。昭和11年、 旧加賀藩 前田家第16代当主前田利為が建てた建物だそうです。この建物に行きつくまでに、木陰あり、藪もあり、トンネルもあって、広大な敷地は本当に静かなたたずまいでした。2027年3月までという長い期間の休館を経て、鎌倉文学館はまた荘厳な雰囲気をもってファンの前に再び姿を現してくれることでしょう。

4月16日(火)
初めての茶道部の日の新しいくつ下の白メモ帳の白
      山添 葵

新しい部活動に臨む緊張感が伝わってきますね。朝日歌壇に昨年7月9日に掲載された短歌です。幼いころからご家族で短歌を投稿している葵さん、中学生になって、茶道部に入ったのでした。その後も部活の歌が歌壇に登場しています。

今、西遠では、中学1年生が部活を見学し、どの部活に入ろうかの模索期間です。茶道部に入る子もいるでしょうね。いい出会いが生まれそうです。部活動もまた、生徒たちにとって、クラスとは一味違う大事な「居場所」になることでしょう。

4月17日(水)
横雲が教室中に広ごりて定家と眠る五限の古典
      村上敏之

「定家」は藤原定家のことです。5時間目の古典の授業中が描かれたこの短歌、国語科教員としては、共感というか、自分も同じような体験があるので苦笑してしまう歌です。この短歌は朝日歌壇2024年1月14日に掲載されていました。
選者の高野公彦さんは「定家の名作『春の夜の夢の浮橋とだえして峯にわかるる横雲の空』を教えても、生徒らは居眠り。」と解説しています。定家の歌う横雲がまるで絵巻物のように教室中に広がって、生徒たちは心地よい居眠りに誘われている…。先生のせいじゃなく、5時間目の姓です。もしくは、定家の魔術かもしれません!

4月18日(木)
何はともあれ忙しすぎることだけはわかつてゐるがどうにもならぬ
      永田和宏

永田和宏さんは、歌人であり、細胞生物学者でもあり、朝日歌壇の選者、今年の歌会始の選者も務めています。奥様の河野裕子さんを亡くされてから、老いや死を意識した短歌をたくさん詠まれていましたが、現実世界の忙しさは、永田先生にも押し寄せているようです。今年2月には「歌人で京産大名誉教授の永田和宏さんら、老化遅らせる作用発見」というニュース(読売新聞)もありました。
この「忙しすぎる」が「どうにもならぬ」という歌は、永田先生の本音なのでしょう。この歌、私もうんうんと頷いてしまいましたが、世の大人たち、また、生徒にも痛いほど実感される歌ではないでしょうか。どうにかしたいですね。

4月19日(金)
いつもなら「夕焼けきれい」とメールする今日はいっしょに見ている幸せ
      上田結香

メールして感動を伝える相手と、今日は一緒にいられる。幸せですね。コロナ禍を経験して、「一緒にいられる」「傍らに親友がいてくれる」「好きな人と寄り添って生きる」ということがとても大事なことなのだと私たちは思い知らされました。メールできる幸せもありますが、やはり、一緒にいられることが一番ですね。最近、すれ違いが多くて同じ市内に住んでいてもなかなか会えない息子の誕生日に選んだ一首です(ちなみに、プレゼントはまだ本人に会えないので居間のテーブルに置いてあります)。

作者の上田結香さんは、このブログを通じて知り合えた大切な方です。きっかけは、上田さんの短歌「本当なら今ごろは」ってみんな言う本当なんてどこにもないのに」との出会いでした。コロナ禍の2020年8月23日に朝日歌壇で見つけたこの短歌は、忘れられない一首になり、私は夏休み明けの授業はじめの式で全校生徒に紹介しました。生徒の心にも刻まれたこの歌は2022年の卒業式の「答辞」でも紹介されました。
そして、思いもかけず、作者の上田さんからお手紙をいただきました。ブログを見つけてくださったのです。素敵な方と出会えました。私は上田さんの短歌を幾度か白板に紹介しています。上田さんはお手紙をくださいます。この間も素敵なおはがきをいただきました。メールやSNSじゃなく、お手紙でつながる方がいるというのは、とても貴重だと思っています。なのに、上田さん、お返事さぼっていてごめんなさい!そろそろ書きますからお許しください!!

4月20日(土)
ころんでも立っても泣いてもほめられて満一歳の子の誕生日
       佐野三郎

PTA総会の日、保護者の皆様に紹介したいという思いで選んだ短歌。朝日歌壇2008年12月8日に掲載された短歌です。ちょうど2008年は娘が1歳だった、という方もいるのではないでしょうか。今は反抗期真っ盛りでも、1歳の頃は何をしてもかわいかったお子さん。子育ては、子どもが大きくなればなるほど、大変になりますし、悩みも深くなりますが、私たちは時にこの原点に戻らなくてはなりませんね。

PTA総会では、俵万智さんの短歌も二つ紹介しました。

 たんぽぽの綿毛を吹いて見せてやる いつかおまえも飛んでゆくから

 学生となる子を連れて行きは二人帰りは一人の春の飛行機


         俵万智

お子さんの成長につれて、大人の役割も変化します。この先、お嬢さんが一人立ちしていくときのことも想像しながら、お子さんとの関わり方もだんだんと変えていかなくてはならないのだと思います。

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来週は、防災訓練やフタバアオイの苗の贈呈式も待っています。体育大会も近づきました。生徒の皆さん、元気に新たな週を迎えましょうね!