大相撲名古屋場所が終わりました。愛知県体育館で行われる最後の名古屋場所だったということが、場所中何度もアナウンスされていました。私にとっても感慨深いものがあります。
大相撲名古屋場所が行われた愛知県体育館と言えば、平成の大相撲ブームの時代に、西遠生が「大相撲カルチャーツアー」で何度も訪ねたところです。当時、様々な「カルチャーツアー」がありましたが、私が何度も企画したのが名古屋場所での「大相撲カルチャーツアー」でした。バス一台に乗って、学年も違う生徒たちが大相撲観戦に行くという、ちょっと物好きなイベントでしたが、ツアーに参加した生徒の皆さん、覚えていますか?あそこが愛知県体育館だったんですよ。名古屋城のお堀の中にある体育館で、駐車場から、たくさんの力士の名前の幟の下を歩いて体育館に向かったものでした。
入り口では、親方が「もぎり」をしてくださいます。高見山として有名だった東関親方のもぎりに興奮したこともありました。
二階席から見る土俵の真剣勝負。遠かったけれど、皆で声を合わせて応援しました。横綱が負けて座布団が舞った時のあの光景は忘れられません。投げないで下さいというアナウンスはあるものの、格下の力士が大きな横綱に勝った瞬間の高揚感はものすごいもので、座布団を投げたくなる気持は大いに理解できました。「座布団投げた~い!」と生徒とよく言ったものです(関係者の皆様、スミマセン)。後年、念願のマス席が取れるようになってからは、番狂わせもなく座布団舞い飛ぶ瞬間を味わうことはできませんでしたが、一つの区画で4人が座れるマス席ならではの風情を存分に味わうことができました。
お相撲さんがお腹を叩くと、ボーンというすごい音がします。生でその音を味わうことができたのも、楽しい思い出です。十両が終わり、中入りになるころには「満員御礼」の幕もおりてきて、熱気がどんどん感じられるようになる愛知県体育館。
愛知県体育館には食堂があって、お客様も親方たちも一緒にご飯が食べられるのです。お昼ごろに体育館につくと、お弁当を買うもよし、その食堂で食べるもよし、とあって、私は食堂派でした。ドキドキしながら食事をしましたっけ。
往年の名アナウンサー杉山邦博さんに会えたのも、その食堂のそばでした。思わず、一緒に引率をした早織先生に、杉山さんとの2ショットを撮ってもらいましたっけ。
向こう正面のゲストが、その頃大人気だった和泉元彌さんだった時には、長田先生と興奮しました。
亜子先生や英会話のサンティアゴ先生と引率した時には、マス席の我々がちょぴりテレビに映ったのでした(笑)。
先生方との思い出も甦ります。
愛知県体育館には、二階通路にガラス張りの一角があり、そのちょうど下の玄関に車が止まって力士が下りてくるのです。そこに他のお客様と一緒に陣取って、生徒たちとお相撲さんが下りてくるのを待っていました。名古屋場所独特の「入り待ち」ですね。お目当ての寺尾が来るまで!と、「寺尾待ち」をしたこともありました。
そうです。私は寺尾関の大ファンで、生徒たちもそれを知っていて、一緒に応援してくれたのでした。「寺尾」コール10連呼をした時には、周囲の見ず知らずのお客さんまで一緒に声を出してくれました(笑)。
月日はたって、引退した寺尾が錣山親方として目の前に現れた時には本当に本当にびっくりして、うれしかったです。この写真を撮った時のことは、昨年のブログをお読みください。
寺尾の錣山親方が昨年12月に亡くなって、カルチャーツアー全盛の頃横綱だった曙さんも亡くなって、愛知県体育館での大相撲も今日で終わり…。
往年の名力士を生で見せてくれた愛知県体育館にも、「ご苦労様!」と声をかけたい気持ちです。
おまけ:娘が大学受験をした時のことです。名古屋に連泊して受験する娘に私も午後から半日だけ付き合って、ホテルから受験会場まで地下鉄に乗ってたどり着くリハーサルをしました(前日にこれ大事です!)。地下鉄乗り継いで到着した地方受験会場、見覚えがあります。「あれ?ここ…」と親子で顔を見合わせ、吹き出しました。なんと名古屋場所でいつも訪ねていた愛知県体育館だったのです。娘も大相撲カルチャーツアーの常連だったので、見覚えあるのは親も子も同じ。まさか受験会場として親子で再訪する日が来ようとは。これもご縁ですね。愛知県体育館さん、親子で大変お世話になりました。ありがとうございました。