広島原爆の日に

8月6日8時15分、私は校長室でサイレンを聞き、静かに目を閉じました。黙祷を捧げた1分間、汗が頬を、首筋を、静かに伝っていくのを感じながら、今、広島の平和式典に参列している人々はこの部屋よりもっと暑い平和公園のテントの下で目を閉じているのだと想像しました。そして、79年前のこの時間に、想像もできないような熱線の下で尊い命を奪われた方々、筆舌に尽くしがたい痛みや苦しみにあえいだ人々を思うと、いたたまれない気持ちになりました。

帰宅して、平和式典の内容を、新聞やテレビのニュース、インターネットで確認しました。

広島市長による「平和宣言」では、次のような言葉がありました。

皆さん、混迷を極めている世界情勢をただ悲観するのではなく、こうした先人たちと同様に決意し、希望を胸に心を一つにして行動を起こしましょう。そうすれば、核抑止力に依存する為政者に政策転換を促すことができるはずです。必ずできます。
 (広島平和宣言2024より)

広島の小学生2名による「平和への誓い」では、自分事として平和への取り組みを訴える子どもたちの力強い訴えが胸を打ちました。

願うだけでは、平和はおとずれません。色鮮やかな日常を守り、平和をつくっていくのは私たちです。一人一人が相手の話をよく聞くこと。「違い」を「良さ」と捉え、自分の考えを見直すこと。仲間と協力し、一つのことを成し遂げること。私たちにもできる平和への一歩です。さあ、ヒロシマを共に学び、感じましょう。 
 (「平和への誓い」より)

さらに、広島県知事の湯崎英彦氏の挨拶にも、私は注目していました。昨年の挨拶も心に残るものだったからです。湯崎知事はその挨拶の中で、次のように述べました。

いわゆる現実主義者は、だからこそ、力には力を、と言う。核兵器には、核兵器を。しかし、そこでは、もう一つの現実は意図的に無視されています。人類が発明してかつて使われなかった兵器はない。禁止された化学兵器も引き続き使われている。核兵器も、それが存在する限り必ずいつか再び使われることになるでしょう。
私たちは、真の現実主義者にならなければなりません。核廃絶は遠くに掲げる理想ではないのです。今、必死に取り組まなければならない、人類存続に関わる差し迫った現実の問題です。

 (広島県知事挨拶より)

この言葉に呼応するように、今夜のNHKニュースでは、国際連合事務次長の中満泉さんが「今、冷戦のピーク時のように、核の脅威は高まっており、危機感を感じている」と述べていました。湯崎知事の言う「核兵器も、それが存在する限り必ずいつか再び使われることになる」は、脅しでもなんでもなく、本当に起こるかもしれない恐ろしい未来なのです。

願うだけではなく、行動を起こさなくてはならないという子どもたちの訴え。晋の現実主義者にならなくてはならないという広島県知事の言葉。重みのあるこれらの言葉を、私たちは真摯に受け止めねばならないでしょう。色鮮やかな日常を守っていきましょう。

かつて、広島の人々が中心となって作り上げた映画がありました。当時、上映できずにいた幻の映画ですが、映画監督のオリバー・ストーンさんが「絶対に見るべき映画だ」と言い、カナダに住むサーロー節子さんが「正真正銘の広島だ」と紹介したその映画を、今、YouTubeで見ることができます。1953年(昭和28年)公開の日本映画『ひろしま』です。ぜひ皆さんご覧ください。

ひろしま / Hiroshima (1953) [カラー化 映画 フル / Colorized, Full Movie]

西遠生たちは、平和について真っすぐに考えることのできる生徒たちです。今日、それぞれがテレビや新聞、ネットで平和式典のことを学び、何かを得たことでしょう。どんなことを感じたのか、ぜひ生徒たちと話がしたいです。

8月9日は長崎原爆の日。11:02にシャッターを切ろう!という「忘れないプロジェクト」に、ぜひたくさんの皆様のご参加をお願いします。