小さな白板2024 第37週

9月9日から14日までの「小さな白板(ホワイトボード)」を振り返ります。
今週は、ちょっと暗い短歌を中心に紹介してみました。孤独とか、諦めとか、失恋とか…、人生にはいろいろありますよね。

9月9日(月)
するだろう ぼくをすてたるものがたりマシュマロくちにほおばりながら
      村木道彦

作者の村木道彦氏は、浜松西高など県西部の高校の国語の先生だった方です。私の弟も教わりました。今年3月に82歳で逝去された村木氏を追悼して、「短歌研究」10月号では「ショート・ランナーの『永遠』」という特集が組まれました。1974年に第一歌集「天唇」を出した後、短歌の創作をやめてしまった村木氏。その作品にハマった後輩歌人は俵万智さんをはじめ、少なくなかったそうです。

この短歌は1965年「ジュルナール律」2月号で発表された短歌の中でも、もっとも有名だと言われる短歌です。(白板には、間違えて「するだう」と書いてしまいましたが、正確には「するだう」です、すみません!) 
失恋の歌。マシュマロをほおばりながら、彼女は捨てた男(自分)の話をするんだろうなあ、と想像する作者。彼女にとってこの恋愛はそんな軽さのものなのだろうという、ぼんやりした諦めのようなものが、哀れさとおかしみさえ伴って迫ってきますね。

歌人の染野太朗さんは村木氏の死去を受けて、こんな短歌を発表しました。

 わが唯一あこがれてゐる歌びとの村木道彦この春死んだ  染野太朗

謹んで村木道彦様のご冥福をお祈りします。

9月10日(火)
世界中にあふれているため息と
君とぼくの甘酸っぱい挫折に捧ぐ…
”あと一歩だけ、前に 進もう”
    スガシカオ「Progress」より

スガシカオさんの「Progress」は、中学2年の道徳の教科書にも載っています。夏休み前に続いて、中2の皆さんとこの歌について「道徳」の時間を持ち、もう一回考えてみました。いろんないい意見が出ました! このお話は、いずれまた。

9月11日(水)
仲直りできないのって子どもかな むしろ大人か すごい深爪
       平出 奔

この短歌を読んでいて、ハッとしました。子どもだから仲直りできないんじゃなく、大人の方が修復しにくくなっているんだ…と。「星の王子さま」が言ってる通り、大人はホントにややこしい。厄介です。深爪のヒリヒリした感じが伝わってきます。それは、「痛い!」という心の悲鳴なのかも。

9月12日(木)
かつこいいとゴジラを言ふは一撃の破壊が痛快なりとふことか
       今野寿美

ゴジラの映画をこの夏2つ見ました。「シンゴジラ」と「ゴジラ −1.0(モノクロバージョン)」です(遅ればせながら…)。
怖かったです。ゴジラが登場するシーンだけ切り取ったら、或いはゴジラのフィギュアを見たら、「かっこいい」かもしれないけれど、映画のストーリーを追っている間、とにかく「こわい」が私の感想でした。「一撃の破壊」が「痛快だ」「スカッとする!」という人もいるのかしら。少なくとも、2つの映画の作り手たちは、そういう伝え方をしたいわけじゃないと受け取りました。日本のゴジラ映画の原点は、やはり核兵器への怒りだと思います。
「ゴジラ」の映画を見た皆さんはどんな感想をお持ちですか?

9月13日(金)
コンビニをおばけのようにうろついてレジ前でだけ人間になる
      佐藤 橙

一人でコンビニに入って、ふらふらと陳列棚の前を歩いている自分はまるで「おばけのよう」であり、それが「レジ前」でだけ、店員さんにも見える「人間」になるのだ、という歌。何だか自分もコンビニの中で「おばけ」になってたことがあるような気がします。
この短歌を読んだ高校生が「これ、分かる!この人、OLさんじゃないですか?」と言いました。彼女には、この31文字から具体的な光景が想像できたのですね。

9月14日(土)
恋の終わりつまりすべてのデータへのアクセス権の喪失のこと
       川谷ふじの

この一週間の短歌がほぼダークな世界の短歌だったので、極めつけがこの歌!?と思った方もいたでしょうか。月曜の村木道彦氏の「するだろう」が昭和の新しい失恋の歌なら、この「恋の終わり」の短歌は、「すべてのデータ」「アクセス権」「喪失」と、まさに21世紀にならなければ歌えなかった失恋の短歌ですね。

秋のはじめは、ダークな歌もいいんじゃないかな、ということで、今週のラインナップでした! 来週はどんな短歌を紹介しましょう? お楽しみに!