中学講堂朝会

今朝は久しぶりの中学講堂朝会でした。
ロングウォークの翌日に講堂でオオバの話を聞くという、中学生にとっては「試練」「修行」?みたいな1時間目だったわけですが、中学生の皆さんの心に今日のお話がきちんと届いているといいなと思います。
今日取り上げた本はこちらの2冊です。

一冊目は、山田純大さんの書いた「命のビザを繋いだ男 小辻節三とユダヤ難民」(NHK出版)。夏休みに読み、「友情」266号の巻頭言でも触れた本です。
そして、2冊目は、ミープ・ヒースさんの書いた「思い出のアンネ・フランク」(深町眞理子訳 文芸春秋社)。1987年に出版された本です。
そして、朝会で取り上げた人々を紹介しますと、
 ☆オスカー・シンドラー
    ドイツ人の実業家。
    ナチスドイツに迫害されるユダヤ人を
    自分の工場で働かせるなどして救った。
 ☆スティーブン・スピルバーグ
    アメリカの映画監督。
    「ET」「ジュラシックパーク」が有名。
    「シンドラーのリスト」でアカデミー監督賞。
    シンドラーという人物を世に知らしめた。
 ☆杉原千畝(すぎはら ちうね)
    リトアニアの日本領事として
    ユダヤ人に日本通過査証(ビザ)を発給、
    6000人のユダヤ人を救った。
 ☆小辻節三(こつじ せつぞう)
         ※講堂ではオツジと誤読してしまいました。
          スミマセン!
    杉原の発給したビザで日本に来たユダヤ人を
    アメリカなどへ渡航できるよう尽力。
 ☆大迫辰雄(おおさこ たつお)
    ジャパンツーリストビューロー(今のJTB)社員。
    杉原の発給したビザでシベリアに逃れたユダヤ人を
    敦賀行きの船に乗せるよう奔走。
 ☆アンネ・フランク
    ユダヤ人の少女。
    1945年3月、収容所にて15歳で亡くなる。
    アムステルダムの隠れ家での生活中に書いた
    「アンネの日記」は世界的なベストセラー。
 ☆オットー・フランク
    アンネの父。2年に及ぶ隠れ家生活の末に
    一家で捕まり、彼だけが生還。
    アンネの日記を世に出した。
 ☆ミープ・ヒース
    アンネ一家の隠れ家生活を支えた女性。
    アンネの日記をずっと保管し、オットーに渡した。
    2010年100歳で死去。
 ☆ヤン・ヒース
    ミープ・ヒースの夫。
    一緒にアンネ一家を支えた。
今日、私が話したかったのは、わが身の危険を顧みずユダヤ人を迫害や虐殺から救うという崇高な行動をとった人々の勇気や信念についてです。
600万人以上が殺されたといわれる、第2次世界大戦化のユダヤ人弾圧。
その悲劇の中で、たくさんの人々がユダヤ人の命を救おうと考え、力に屈せず行動していたという事実を、皆さんにも知ってもらいたいと思いました。
一人の力は微力だけれど、無力ではないのです。
勇気ある行動をとった先人たちを知ることで、皆さんの心にもまた勇気や信念が芽生えることを願っています。
「アンネの日記」は中学3年生の必読図書ですが、他にもユダヤ人迫害を知ることのできる本があります。
「西遠生にすすめる本」の中にある「あのころはフリードリヒがいた」という本もその一つ。
リヒターという作家の本で、ユダヤ人フリードリヒを友人に持つ主人公の目を通して、ユダヤ人弾圧を描いています。
リヒターは、「あのころはフリードリヒがいた」のあと、「ぼくたちもそこにいた」(これもすすめる本に入ってます)・「若い兵士のとき」も書いており、3部作と言われています。
3冊とも通して読むと、ドイツ人の少年がどのような環境に置かれて成長していったのかが分かると思います。
もう一つ。
アンネに関するものが西遠にあるのを知っていますか?
それは、アンネのバラです。
ローズガーデンに行ってみてください。
ベルギーの園芸家が「アンネのバラ」として作ったオレンジ色のバラ。
かつてオットー・フランクに贈られたバラは、1972年に日本にも渡ってきました。
そのバラが、西遠でも毎年、きれいな花を咲かせていることも、
ぜひ覚えておいてくださいね。