笑顔を咲かす葉子さん

3年梅

私たちが探究したテーマは、遠州の偉人小百合葉子さんです。葉子さんは、「劇団たんぽぽ」の創設者であり、実は、西遠女子学園の卒業生です!西遠とのつながりが深い小百合葉子さん、いったいどのような人生を歩んできたのでしょうか。

「小百合葉子」の生涯

生年月日:1901年9月25日 浜松市滝沢町に生まれる。
本  名:山下みゑ
少女期:1907年 滝沢小学校入学 
    1913年 川名小学校卒業
    1914年 浜松実科高等女学校(西遠女子学園)入学 
         初めて観た演劇『桃太郎』から感銘を受ける♡。
         師範学校への進学を志すが、戸籍上の問題*1で夢絶たれる。  
    1918年 西遠女子学園卒業
卒業後:1919年 縁談 戸籍上の問題*2で破談し浜松から大阪へ
    就職後  市役所で真面目に働き、本採用の話が出たが、戸籍上の問題*1で白紙。
         ⇨三重県まで彷徨い、自殺を図るが通りすがりの人に助けられる。
         病院で目が覚め、窓から外を見ると、たんぽぽが咲いていた。
         踏まれても枯れることのないたんぽぽを見て、
        『私もたんぽぽのように美しく強く生きよう』と決心する。
    1923年 女優を目指し上京
    1929年 劇作家 坪内逍遥に師事。この頃から『小百合葉子』と名乗るようになる
         子どもたちに夢を届ける活動を続けた。
         演劇の道を目指すようになる!
    1945年 疎開先長野県篠ノ井町 『信濃芸術座』を旗揚げ
    1946年 劇団たんぽぽが誕生🎉

3度もあった【戸籍上の問題】
明治時代の戸籍制度は、現代では「身分差別」「プライバシーの侵害」にあたいするようなものが記載されていた。

*1…戸籍に「庶子」(法律上、婚姻関係にない男女の間で生まれ、父親に認知された子ども)と記載されていた。
   当時の師範学校の入学規則に、『身体健全品行方正ナル者』であることが求められていたため、
  「庶子」は品行方正ではないと理不尽にみなされる風潮があった。
*2…親戚にハンセン病の人がいたため、当時は遺伝病であるという強い迷信・偏見があった。
   戸籍に記載されているため、結婚や就職における強い差別に悪用されていた。

『劇団たんぽぽ』の軌跡 

1947年 \第1回公演/「そら豆の煮えるまで」
1948年 公演先へ出向くスタイルを始める。 列車やバスで子どもたちのところへ!
1953年 高校時代の親友からの誘いで、浜松に拠点を移す。
1955年 オート三輪を手に入れ、活動範囲が大幅に広がる。
1956年 \創立10周年公演/「桃源にて」「そら豆の煮えるまで」「麦踏み」
1957年 篠ケ瀬町に新しい道場を建設。
1963年 篠ケ瀬の道場が火事で全焼。⇦怪我人は一人も出ず、周りへの延焼もなかった。
                  大事な家を失う
    しかしこの年の暮れ、劇団たんぽぽは初の沖縄公演に出発する。  

1963年11月 第一回沖縄公演
  きっかけ:当時沖縄から研修で静岡に来ていた教師が劇団たんぽぽのお芝居を見て、
       「内地のこどもたちは幸せだ!沖縄では、こんなお芝居は観れない。」と言った。

  その言葉を聞いた葉子は「では、行きましょう!」と沖縄公演を決意! 
  まだアメリカの統治下の時代であった。
   →以来63年間、沖縄公演は続けられており、毎年12月から1月にかけて開催されている。 

1966年 \創立20周年記念公演/「ごうつくばりのけち兵衛さん」
1976年 \創立30周年記念公演/「起きっせいだいだらぼっち」
1986年 劇団は創立40周年の年。
     子ども達に笑顔を届け続けた「たんぽぽおばさん」小百合葉子、84歳で生涯を閉じる。
     \小百合葉子追悼公演/「アイソポス物語」
     \創立40周年記念公演/「100万回生きたねこ」
1996年 \創立50周年記念公演/「龍の子太郎」
2012年 公益認定が受理され、「公益社団法人 教育演劇研究協会」として活動開始。
2016年 \創立70周年記念公演/「いのちのまつり」
2020年 コロナ禍で存続の危機!➡地域の方々に助けられ、今も続けられている。

【小百合葉子の母校・西遠と劇団たんぽぽの絆】
コロナ禍で公演のキャンセルが相次ぎ、劇団存続の危機に陥った。
それを知った当時の生徒会が、「劇団たんぽぽ応援募金活動」を行った。

分散登校中での活動だったが、147,896円を寄付することができた。

【劇団たんぽぽ その他の題目】
・かくれんぼ  ・海彦山彦  ・久遠の像  ・山びこ学校  ・夏の庭
・木の葉ずきん  ・雪女風土記  ・棒しばり  ・裸になった殿さん
・しばてん    ・鍬と殿さん  ・おきっせいだいだらぼっち  ・花のき村と盗人たち  
・中岡はどこぜよ ・海の声が聞こえる ・ルドルフとイッパイアッテナ  など
 270個以上

小百合葉子は『すべての子ども達に夢を』『演劇は血となり肉となり心を育む』
という信念がありました。
これは後の劇団たんぽぽの『子どもたちのための場所を作る』という思いにつながります。

『劇団たんぽぽ』の今

  • 学校公演へのこだわり
    「どの子にも等しく演劇文化に触れてほしい。芸術文化を体験してほしい」
    という小百合葉子の思いを引き継いでいる。
  • 教師のための朗読勉強会
    年に1回開催され、今年で37回目。
  • 海外公演にも挑戦
    韓国や中国に行き公演。現地の団員とも交えて舞台を作る。
  • 周年事業への取り組み
    劇団たんぽぽの全員で舞台を作る。”自分たちを見直す作業”として大切にしている。
  • 「はままつ演劇クラブ」の創設(令和3年~)
    浜松市の学校の部活動の地域移行に伴い、クラブ申請をし、子どもたちの活動の場を作る。

創立80周年記念公演「きみの町で」
8月29日(土) 掛川市生涯学習センター <終了>
12月27日(日) 浜松市浜北文化センター
2月11日(木) 富士市ロゼシアター
2月21日(日) 浜松市雄踏文化センター

私達が葉子さんの思いを”つなぐ”

現在、地域の盛り上げ役や職業・社会体験を通し、子ども達が様々な場所で活躍してます。
私たちは、子どもたち自身が個性を発揮し、体験を通して成長させていく場所が必要だと考えます。
そのため「劇団たんぽぽ」の他に、「青少年子どもの家」にも取材をしました。
2つの取材を通し、近年ではAIの活用が活発化していることで、子ども達が自分の意見を持ち、相手に伝える経験が少なくなっているのではと感じました。

『問題点』
●今は何でも挑戦できる。しかし、「人と関わる」経験や体験が減ってきている。
●困ったら、すぐに『AI』に相談するため、自分の考えを深めることが少なくなっている。

『提 案』
〇年齢問わず、実際に体験・経験する機会に、恐れずに飛び込んでいこう!
〇『夢』『やりたい』『やってみたい』と感じた気持ちを大切にしよう!
〇AIは、自分の考えを持ってから時と場合を考え上手く利用していこう!

【人と関わること】【AIと上手に関わっていくこと】の大切さを考える機会となりました。私達が提案したことをこれからの生活に活かし、自分の人生をより豊かにしていきたいと思います。皆さんも、ぜひ、実践してみてください!!

まとめ 
小百合葉子さんは戸籍上の問題で結婚ができない、教師になれない。道場が燃えてしまうなど様々な逆境を乗り越え、たくさんの子どもたちを笑顔にしてくれました。そんな方が西遠の大先輩であることを私たちはとても誇りに思います。そして、葉子さんの活動を私たちが引き継いで沢山の人を笑顔にしていきたい感じました。