はじめに
子生れ石(こうまれいし)
子生れ石は、静岡県牧之原(まきのはらし)市にある
子生れ石について解説していこう
●高さ 80cm
●重さ 100kg
この石は住職の生前(せいぜん)の行いによって大きさや重さが異なる
・長寿(ちょうじゅ)の石 ・安産(あんざん)の石
形がひょうたんに似ているので縁起(えんぎ)がいい石として信仰(しんこう)されているんだ。
我々がここへの調査でわかったことをまとめてみよう!
◯多くの丸い石が川の近くの崖(がけ)にあった。
◯落ちた石は墓石として使われ並んでいた。
◯とてもきれいなひょうたん型であった。
なんでこんなにキレイなひょうたん型の石ができるの?
それは専門家(せんもんか)の話をきいてみたが未(いま)だに謎(なぞ)である
この子生れ石の物語から、科学では説明できないような不思議があり、その見えない力により私達は守られているのかもしれないね
君たちも一度、子生れ石を見に行ってみてはいかがだろうか
大興寺(だいこうじ)の方のインタービューを参考に作成
夜泣石(よなきいし)
夜泣石は、静岡県掛川市にある小夜(さよ)の中山(なかやま)という場所にあり我々は調査した
小夜の中山には婦人の魂(たましい)が乗り移った夜泣石である
また、久延寺(きゅうえんじ)という場所にも婦人の魂(たましい)が納められていたとされる夜泣石があるのだ
◯昔 : お坊さんが赤ん坊を育てる時にお乳の代わりに使った水飴(みずあめ)
◯現在 : 子育飴(こそだてあめ)として受け継がれている。
8月13日に小泉屋で購入した子育て飴の説明書き 参照
子どもを助けたいと願った母親の思いが石に乗り移ったのかな??
強い願いが奇跡(きせき)を起こしたのかもしれないな
清明塚(せいめいづか)
君たちにこれを見てもらいたい
清明塚(せいめいづか)の祈願(きがん)方法について解説(かいせつ)していこう
小豆色(あずきいろ)の石を1つ清明塚から借りる
↓
無事(ぶじ)を報告するお礼の代わりに2つ石を返す
↓
するとその石が小豆色(あずきいろ)に変わる
第510回 遠州七不思議!「清明塚」より https://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/gyosei/docs/9588.html (参考・参照2022‐9‐22)
津波(つなみ)が来ないようにお祈(いの)りがされた場所なんだね!
君たちも現地(げんち)に行ってお祈りしてみてくれ
桜ヶ池(さくらがいけ)
最後は静岡県御前崎(おまえざき)市にある桜ヶ池について話していこう ・・・
どうしてこの池は特別なんだろう?
探検隊(たんけんたい)の君たちも一緒(いっしょ)に考えてみよう!
①人々の幸福を祈る場所であった
②地震(じしん)や津波(つなみ)が来なくなった
③ダムの代わりになった
正解は ”①の人々の幸福を祈る場所であった” である
また漁師たちにとっては大漁満足を願う神として崇められているようだ
この池にはさらに龍神伝説も残されている
皇円(こうえん)が人々を助けるため、悟(さと)りをひらくために人の人生の長さでは足りないので、龍(りゅう)に姿を変え、池に潜ったとされている
どうして龍(りゅう)に姿を変えたの?亀(かめ)のほうが長くいきることができそうだけど
当時、龍(りゅう)は一番長生きすると考えられていたんだ
目には見えない存在(そんざい)にいつも見守られていたのかもしれない
桜ヶ池池宮神社略記 静岡県御前崎市桜ヶ池 : パンフレット 参照
天狗(てんぐ)ちゃん
遠州に隠れている魅力(みりょく)を発信している、張り子(はりこ)作家(さっか)の坂田吉章さんに、インタビューをしました。
初めに、文化や伝統がなくなってしまって困ることは何ですかという問いに対し、坂田さんは今に至(いた)るまでの背景を語ったうえで、今まで制作したものが消えていってしまい、さみしくなることだね、と話しました。
また、坂田さんの夢を語ってくれました。全ての人に、というのは難しいが、この伝統がなくなったら寂(さび)しいなと感じてくれる人に届くような作品を作りたい。長い時間がかかるかもしれないが、遠州に魅力(みりょく)を感じる人が、伝統と人々とをつなぐ存在となって、もっと遠州の伝統を身近(みじか)に感じさせる街を創(つく)っていきたい。
私は、坂田さんの夢に“ロマン”を感じました。そして坂田さんに、私達も伝統と人々の架け橋(かけはし)になりたいという、素敵(すてき)な夢をもらいました。
まとめ
伝統が人々の記憶からなくなっていってしまうといった問題点を今すぐに解決(かいけつ)することは我々3年藤組では難しい。
だが我々が遠州七不思議(えんしゅうななふしぎ)について伝えていくことでその文化は途絶(とだ)えずに続いていく。我々は今回HR展を通していろいろな工夫を交えて伝えていった。
君たちも多くの人に知ってもらえるよう、デジタルな世界ばかり見ているのではなく、一人一人が伝統文化(でんとうぶんか)への興味(きょうみ)を持ち伝えていくことで、文化がより輝(かがや)ける社会への架け橋(かけはし)にともになろうではないか。